前回は、「スカラー、ベクトル、テンソル」の定義と変換則について解説しました。今回は、テンソルが持つ非常に重要な二つの性質、「縮約」と「普遍性」について掘り下げていきましょう。
テンソルの縮約(Contraction)
テンソルの「縮約」とは、上付き添え字と下付き添え字が同じものをペアにして和を取る操作のことです。これは、前回解説した「アインシュタインの縮約規則」の具体的な適用例です。この操作を行うと、テンソルの階数(添え字の数)が2つ減ります。
この規則の鍵となるのが「ダミー添え字」です。上付きと下付きで同じ添え字がペアになった場合、その添え字は計算上「消去」されます。これは、その添え字が特定の次元(例えば、$x$方向や$y$方向など)を指すのではなく、それらすべての次元にわたる和を取るための「一時的な記号」として機能するからです。この操作によって、もともとあった2つの添え字(上付き1つ、下付き1つ)がなくなるため、テンソルの階数は2つ下がるのです。
例えば、2階の反変テンソル$T^{\mu\nu}$と、2階の共変テンソル$S_{\mu\nu}$を縮約すると、$T^{\mu\nu}S_{\mu\nu}$は添え字を持たないスカラー(0階のテンソル)となります。これは、「内積」を一般化したものと考えることができます。
テンソルの普遍性(Universality)
テンソルが物理学で非常に重要なのは、その「普遍性」にあります。
これは、「テンソル方程式は、ある座標系で成り立てば、すべての座標系で成り立つ」という性質です。この性質は、物理法則を座標系によらない普遍的な形で記述する「一般相対性原理」を数学的に表現する上で不可欠です。
例えば、運動方程式$F=ma$をテンソルで表現したとします。この式が、ある慣性系で成り立っている場合、どんな加速系や回転系で観測しても、その方程式の形式は変化しません。なぜなら、方程式の両辺が同じ変換則に従うテンソル(同じ階数、同じ添え字の配置)で構成されているからです。
この普遍性の性質によって、私たちは複雑な座標変換をいちいち行うことなく、どの座標系でも成り立つ物理法則を一度に記述できるのです。
テンソル積(Tensor Product)
テンソルの概念をより深く理解するために、「テンソル積」についても触れておきます。テンソル積とは、2つのテンソルを掛け合わせて、より高階のテンソルを作り出す操作です。例えば、ベクトル$A^\mu$とベクトル$B^\nu$のテンソル積は、2階のテンソル$C^{\mu\nu} = A^\mu B^\nu$を生成します。この操作は、様々な物理量を組み合わせる際に用いられます。
次回のノートでは、これらの数学的ツールをさらに発展させ、「測地線」と「クリストッフェル記号」について纏めていきます。
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
-
- 一般相対論入門 改訂版 : [須藤 靖 (著)]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 I 特殊相対論 : [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著) ]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 II 一般相対論: [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著)]
- 相対性理論入門講義 (現代物理学入門講義シリーズ 1) [風間 洋一 (著)]
- 基幹講座 物理学 相対論 [田中 貴浩 (著)]
- 時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎[James J. Callahan (著), 樋口 三郎 (翻訳)]
- これならわかる工学部で学ぶ数学 新装版: [千葉 逸人]
- 基幹講座 物理学 相対論: [田中 貴浩]
コメント