前回は、一般相対性理論を記述するための数学、「リーマン幾何学」の基礎として、「線素」と「アインシュタインの縮約規則」について解説しました。
今回は、さらにその数学的基礎を固めるため、スカラー、ベクトル、テンソルという物理量の定義と、それぞれの変換則について詳しく見ていきましょう。
スカラーやベクトルはなじみ深いかもしれませんが、テンソルと変換則の考え方から改めてみるとより深く納得できるかもしれません。
スカラー(Scalar)の定義と変換則
スカラーとは、座標変換をしても値が変わらない量のことです 。
例えば、温度や質量、電荷などがこれにあたります。数学的には、ある座標系で定義されたスカラー量を、別の座標系で表現する場合、単純に元の式に座標を置き換えるだけで変換が完了します。
スカラーは添え字を持たず、座標系に依存しない「普遍的な量」として振る舞います。これは、どの場所から見てもその量が同じであることを意味します。
ベクトル(Vector)の定義と変換則
ベクトルは、スカラーとは異なり、座標変換によってその成分が特定の変換則に従って変化する量です 。
例えば、速度や力、電場などがこれにあたります。ベクトルには、添え字の位置によって反変ベクトルと共変ベクトルの2種類があります。
反変ベクトル(Contravariant Vector)
反変ベクトルは、座標の微小な変位($dx^\mu$)と同様の変換則に従うベクトルです。添え字は上付きで表記されます 。これは、座標系が変わるとベクトルの成分も反比例するように変化する、というイメージに近いです。
例えば、ある座標系の基底ベクトルが2倍になると、その座標系で表されたベクトルの成分は半分になります。この振る舞いから、「反変」という名前がついています。
共変ベクトル(Covariant Vector)
共変ベクトルは、スカラーの勾配($\nabla\phi$)と同様の変換則に従うベクトルです 。添え字は下付きで表記されます。こちらは、座標系が変わるとベクトルの成分も比例するように変化するイメージです。
なぜこのような区別が必要になるのかというと、一般相対性理論では時空が曲がっているため、単一の「ベクトル」という概念だけでは不十分になるからです。この2つのベクトルの概念を区別することで、曲がった時空での物理法則を正確に記述できるようになります。
テンソル(Tensor)の定義と変換則
テンソルは、スカラーとベクトルの概念をさらに一般化したものです 。複数の添え字を持ち、それぞれの添え字が特定の変換則に従って変化する量です 。
テンソルは、添え字の数によってその「階数(rank)」が決まります。この考え方に基づくと、私たちがこれまで見てきた物理量もテンソルとして分類することができます。
添え字を全く持たないスカラーは「0階のテンソル」、添え字を1つ持つベクトルは「1階のテンソル」と見なすことができます。このことからも、テンソルはスカラーとベクトルを包括する、より一般的な概念だと分かるでしょう。
テンソルの種類
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- 反変テンソル: 添え字がすべて上付きのテンソルです 。各添え字が反変ベクトルの変換則に従います。
- 共変テンソル: 添え字がすべて下付きのテンソルです。各添え字が共変ベクトルの変換則に従います。
- 混合テンソル: 上付きと下付きの両方の添え字を持つテンソルも存在します。上付きの添え字は反変、下付きの添え字は共変の変換則に従います。
テンソルは、物理法則を座標系によらない普遍的な形で表現するための究極のツールです。このテンソルを学ぶことが、最終的な目標である「アインシュタイン方程式」へとつながっていきます。
次回のノートでは、これらのテンソルの持つ重要な性質、普遍性、縮約、対称性について掘り下げていきます。
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
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- 一般相対論入門 改訂版 : [須藤 靖 (著)]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 I 特殊相対論 : [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著) ]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 II 一般相対論: [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著)]
- 相対性理論入門講義 (現代物理学入門講義シリーズ 1) [風間 洋一 (著)]
- 基幹講座 物理学 相対論 [田中 貴浩 (著)]
- 時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎[James J. Callahan (著), 樋口 三郎 (翻訳)]
- これならわかる工学部で学ぶ数学 新装版: [千葉 逸人]
- 基幹講座 物理学 相対論: [田中 貴浩]
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