前回は空間の曲がりを数学的にどう表すかについてお話しました。今回からは、いよいよ特殊相対性理論に入っていきたいと思います。
特殊相対性理論の核心は、時間と空間が独立したものではなく、互いに関連し合った「時空」として扱われる、という考え方にあります。この概念は、私たちが日常的に慣れ親しんでいるニュートン力学の考え方を大きく変えるものでした。特に、電磁気学の分野との整合性を取るために、新しい物理学の枠組みが必要になったのです。
この新しい枠組みを構築する上で鍵となるのが、「相対性原理」と「光速度不変の原理」という、アインシュタインが提唱した二つの重要な原理です。これらの原理から、時間と空間を結びつける「ローレンツ変換」が導き出されます。
ニュートン力学と電磁気学の矛盾
19世紀後半、物理学の分野では大きな問題が持ち上がっていました。ニュートン力学とマクスウェル方程式に代表される電磁気学の間に矛盾が生じていたのです。
ニュートン力学には、ある慣性系から別の慣性系へと座標を変換するためのガリレイ変換というものがあります。
例えば、電車の中を歩く人を、ホームにいる人が観測する場合を考えてみましょう。電車が時速60kmで動き、その中で人が時速5kmで歩いていれば、ホームにいる人から見ると、その人は時速65kmで動いていると観測されます。これは非常に直感的で分かりやすいです。
しかし、このガリレイ変換を光に適用すると問題が起きました。マクスウェル方程式によると、真空中での光の速さ$c$は、常に一定の値を持つはずです。ところが、ガリレイ変換を使うと、光の速さが観測者によって変わってしまうことになります。
例えば、光速で飛ぶ宇宙船から発射された光は、静止している観測者から見ると、光速より速く見えるはず、ということになってしまうのです。これはマクスウェル方程式と矛盾します。
この問題を解決するために、科学者たちは「エーテル」という、光を伝える媒体を仮定しました。そして、地球がこのエーテルの中を移動していることを実験的に証明しようとしました。有名なマイケルソン・モーリーの実験です。しかし、この実験は、エーテルを検出することはできませんでした。
つまり、ニュートン力学と電磁気学の両方が正しいとすると、光の速さが観測者によって変化するはずなのに、実際にはそう観測されない、という大きな矛盾が浮き彫りになったのです。アインシュタインは、この矛盾を解決するために、大胆な二つの仮説を立てました。
特殊相対性理論の二つの原理
アインシュタインが1905年に発表した論文の冒頭には、特殊相対性理論を支える二つの原理が明記されています。
1.相対性原理(Principle of Relativity)
「物理法則は、すべての慣性系において同じである。」という原理です。慣性系とは、静止しているか、一定の速度で直線運動している座標系のことを指します。つまり、物理法則は、観測者がどのような慣性系にいても変わらない、ということです。これは、ニュートン力学でも成立していた考え方です。
2.光速度不変の原理(Principle of the Invariance of the Speed of Light)
「真空中の光の速さは、光源や観測者の運動によらず、すべての慣性系で一定の値$c$である。」という原理です。この原理こそが、従来の物理学の常識を覆すものでした。たとえ光に向かって進んでいっても、光から離れていっても、光の速さは常に$c$に見える、というのです。
この二つの原理を組み合わせることで、私たちは時間と空間が絶対的なものではなく、観測者によって見え方が変わる相対的なものである、という結論にたどり着くことになります。そして、これらの原理を満足するように、ガリレイ変換に代わる新しい変換式を導き出す必要が出てきました。それが「ローレンツ変換」です。
次回のノートでは、この二つの原理からどのようにしてローレンツ変換が導かれるのか、そしてそれがもたらす「時間の遅れ(Time Dilation)」や「長さの収縮(Length Contraction)」といった興味深い現象について、数式を交えながら詳しく解説していきたいと思います。
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
- 一般相対論入門 改訂版 : [須藤 靖 (著)]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 I 特殊相対論 : [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著) ]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 II 一般相対論: [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著)]
- 相対性理論入門講義 (現代物理学入門講義シリーズ 1) [風間 洋一 (著)]
- 基幹講座 物理学 相対論 [田中 貴浩 (著)]
- 時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎[James J. Callahan (著), 樋口 三郎 (翻訳)]
- これならわかる工学部で学ぶ数学 新装版: [千葉 逸人]
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