今回は、これまでのノートで触れてきた内容について、補足的な解説を加えていきます。第二回目として、一般相対性理論の重要な概念である「重力場」と「ニュートン力学」の関係を明らかにするために、弱い重力場中の粒子の運動を考察していきます。
弱い重力場における仮定
重力場が弱い場合、私たちはアインシュタイン方程式を近似して解くことができます。この近似を行うために、以下の4つの仮定を置きます。
- ミンコフスキー空間からのずれが小さい: 重力が弱いため、計量テンソル$g_{\mu\nu}$は、平坦なミンコフスキー計量$\eta_{\mu\nu}$に比べて非常に小さな量$h_{\mu\nu}$だけずれていると仮定します。$g_{\mu\nu} \approx \eta_{\mu\nu} + h_{\mu\nu}$
- 計量が時間に依存しない: 重力源が静止していると仮定し、計量テンソルが時間$t$によって変化しないとします。
- 時空が時間反転に対して対称である: 時間の符号を反転させても、計量テンソルの成分が変わらないと仮定します。
- 粒子の速さが光速より十分小さい:*粒子が光速に比べて非常に遅い(非相対論的な)速度で運動すると仮定します。
測地線方程式の近似
これらの仮定のもとで、自由粒子の運動を記述する「測地線方程式」$\frac{d^2x^\mu}{d\tau^2} + \Gamma^\mu_{\nu\rho} \frac{dx^\nu}{d\tau} \frac{dx^\rho}{d\tau} = 0$を考えます。
方程式に含まれる「クリストッフェル記号」は、計量テンソルの微分から構成されており、弱い重力場では、重力場を表す小さな量として扱えます。
この測地線方程式に上記の仮定を適用し、粒子の空間成分の運動方程式に注目します。すると、非相対論的な極限では、以下の簡単な形に整理できることがわかります。
ここで、$h_{00}$は計量テンソルの成分$g_{00}$のずれの量です。
ニュートン重力との関係
この結果を、ニュートン力学における粒子の運動方程式と比較してみましょう。ニュートン力学では、重力ポテンシャル$\Phi$のもとでの粒子の運動は、$\frac{d^2\vec{x}}{dt^2} = -\nabla\Phi$で与えられます。
この二つの式を見比べると、一般相対性理論における計量テンソルの成分$h_{00}$が、ニュートン力学の重力ポテンシャルと関連付けられることがわかります。
この関係式は、一般相対性理論が、重力が弱い極限ではニュートン力学を正確に再現することを示しています。この事実は、「時空の曲がりが重力場そのものである」というアインシュタインの基本的な考え方の正しさを裏付ける、非常に重要な結果です。
まとめ
今回は、アインシュタイン方程式の近似解法として、弱い重力場中の粒子の運動を考察しました。
測地線方程式を非相対論的な極限で近似することで、一般相対性理論がニュートン力学の重力を再現できることを示しました。これにより、時空の幾何学が、日常的な重力現象を記述する上でいかに重要な役割を果たすかが理解できたと思います。
次回のノートでは、シュワルツシルト解の最も重要な帰結である「重力による時間の遅れと重力赤方偏移」について、補足解説していきます。どうぞお楽しみに!
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
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- 一般相対論入門 改訂版 : [須藤 靖 (著)]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 I 特殊相対論 : [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著) ]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 II 一般相対論: [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著)]
- 相対性理論入門講義 (現代物理学入門講義シリーズ 1) [風間 洋一 (著)]
- 基幹講座 物理学 相対論 [田中 貴浩 (著)]
- 時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎[James J. Callahan (著), 樋口 三郎 (翻訳)]
- これならわかる工学部で学ぶ数学 新装版: [千葉 逸人]
- 基幹講座 物理学 相対論: [田中 貴浩]
これまでの相対論ノート一覧
- 相対論ノート#1:空間の曲がりを数学的に表すには
- 相対論ノート#2:特殊相対性理論の二つの原理
- 相対論ノート#3:ローレンツ変換とその導出
- 相対論ノート#4:ミンコフスキー時空
- 相対論ノート#5:固有時間と時間の遅れ
- 相対論ノート#6:双子のパラドックスとローレンツ収縮
- 相対論ノート#7:4元速度と4元運動量
- 相対論ノート#8:保存カレントと保存チャージ
- 相対論ノート#9:エネルギーと運動量テンソル
- 相対論ノート#10:等価原理と一般相対性原理
- 相対論ノート#11:リーマン幾何学の基礎
- 相対論ノート#12:スカラー、ベクトル、テンソルの変換則
- 相対論ノート#13:テンソルの縮約と普遍性
- 相対論ノート#14:計量テンソル
- 相対論ノート#15:測地線とクリストッフェル記号
- 相対論ノート#16:共変微分とリーマン距離率テンソル
- 相対論ノート#17:リッチテンソル、アインシュタインテンソル、そしてアインシュタイン方程式
- 相対論ノート#18:アフィン接続係数と座標変換則
- 相対論ノート#19:等価原理とアフィン接続係数
- 相対論ノート#20:ベクトルの平行移動とテンソルの平行移動
- 相対論ノート#21:共変微分
- 相対論ノート#22:共変微分の性質
- 相対論ノート#23:共変微分の発散
- 相対論ノート#24:リーマン曲率テンソルの定義
- 相対論ノート#25:リーマン曲率テンソルの幾何学的意味
- 相対論ノート#26:リーマン曲率テンソルの対称性
- 相対論ノート#27:リッチテンソルとアインシュタインテンソルの導出
- 相対論ノート#28:アインシュタイン方程式の厳密解:シュワルツシルト解
- 相対論ノート#29:重力レンズ効果
- 【補足】ビアンキ恒等式とアインシュタインテンソル – 第30回
- 【補足】弱い重力場中の粒子の運動 – 第31回
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