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物理の全体像:インフレーションの謎と次元解析の力
前回の連載で、宇宙が加速膨張していること、そしてその原因とされるダークエネルギーについて見てきました。しかし、宇宙の始まりであるビッグバンの理論にも、まだ解決されていない謎がいくつかあります。 今回は、その謎を解き明かす鍵となるかもしれない、インフレーションという急激な膨張の理論と、それを数学的に探求する次元解析について見ていきましょう。インフレーション理論の未解決問題
インフレーション理論は、宇宙の平坦性問題や地平線問題を解決する有力な説として知られています。 しかし、この理論にもいくつかの未解決の謎があります。その最大の謎は、「なぜインフレーションが始まったのか、そしてなぜ止まったのか?」ということです。 インフレーションの原因となるはずの物質(インフラトン)が、もし宇宙の至る所で勝手に増殖し続けたとしたら、インフレーションが止まらず、私たちが今見ているような宇宙は形成されません。インフレーションを自然な形で終わらせるメカニズムは、まだ見つかっていません。 また、インフレーションが宇宙を$10^{-34}$秒というごく短時間に、細胞ほどの大きさから銀河ほどの大きさにまで膨張させた、という途方もないスケールの話は、何を根拠にしているのでしょうか? これは、「オーダーや見積もり」という物理学の概念が深く関わっています。私たちが当たり前だと思っている「時空は滑らかである」という前提が、実はミクロなスケールでは通用しないかもしれない、という考え方に繋がっていきます。次元解析の力
極限的な状況を考える際に、物理学者は次元解析という強力なツールを使います。これは、詳細な理論がなくても、物理量の単位(次元)だけを組み合わせることで、おおよその物理法則を導き出す手法です。振り子の例で考える
例えば、古典的な振り子の周期が何に依存するかを考えてみましょう。 振り子で、はじめに与えられる物理量としては ・周期の次元:[秒] ・初期位置での角度:[rad] ・長さの次元:[メートル] ・重力加速度の次元:[メートル/秒²] が挙げられるかと思います。 ※ただし、radはラジアンと読み、角度の単位です。無次元です。 振り子の周期は[秒]という単位です。与えられる物理量を組み合わせて[秒]という次元を持つ式を作ると、$\sqrt{\text{長さ} / \text{重力加速度}}$という形になることが分かります。これにより、振り子の周期は質量や振幅に依存せず、長さのみに依存するという重要な性質を導き出せるのです。時空の穴の大きさを測る
この次元解析を、時空の最小スケールに適用してみましょう。 時空は相対性理論(重力定数 $G$)と、極めて微小な物質を扱う量子力学(プランク定数 $\hbar$)、そして大きなエネルギーを扱うので宇宙の速度の限界である光速 $c$とそれぞれの重要な定数が関係すると考えられます。 これらの3つの定数を組み合わせ、長さの次元を持つ式を考えると、以下の式が得られます。$L_P = \sqrt{\frac{G\hbar}{c^3}}$
この値はプランク長と呼ばれ、おおよそ$10^{-35}m$という極めて小さな値になります。これは、時空が滑らかではなく、このスケールで量子的な泡や「穴」が空いている可能性があることを示唆しています。 次の記事では、このような「決められない」時空を表現する数学的な手法について掘り下げていきます。全記事一覧
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