前回は、物質のエネルギーと運動量の流れを統一的に扱う「エネルギー運動量テンソル」について解説しました。
今回からは、いよいよ一般相対性理論の準備へと踏み込んでいきます。その導入として、アインシュタインがたどり着いた重要な二つの原理、「等価原理」と「一般相対性原理」についてまとめます。
等価原理(Principle of Equivalence)
等価原理とは、「重力と慣性力は区別できない」という原理です。アインシュタインはこの原理にたどり着くために、有名な「思考実験」を行いました。
想像してみてください。もしあなたが、窓のないエレベーターの中にいたとします。
- エレベーターが静止している場合:地球上に静止しているエレベーターでは、あなたは重力によって床に押しつけられます。
- エレベーターが加速している場合:宇宙空間で、エレベーターが上向きに加速している場合を考えます。このとき、あなたは慣性力によって床に押しつけられます。
この2つの状況で、あなたはエレベーターの内部にいる限り、どちらが重力によるものか、どちらが加速によるものかを区別することができません。なぜなら、あなたが床に押しつけられる力は全く同じに感じられるからです。
この思考実験から、アインシュタインは「重力は、加速している系から見た慣性力と同じである」という大胆な結論を導き出しました。
一般相対性原理(General Principle of Relativity)
特殊相対性理論では、「物理法則はすべての慣性系において同じである」とされていました。しかし、アインシュタインは、この考え方をさらに拡張し、「物理法則は、いかなる座標系(慣性系だけでなく、加速系も含めたあらゆる座標系)においても同じ形式で記述できる」という「一般相対性原理」を提唱しました。これは、物理学の法則が座標系の選び方に依存しない、という非常に強力な要求です。
この原理は、重力を時空の歪みとして扱う一般相対性理論の基盤となります。なぜなら、重力という現象を、加速系で現れる慣性力と同一視することで、重力を座標系の選び方とは独立した、幾何学的な性質として記述することができるからです。
次回のノートでは、これらの原理がどのようにして「リーマン幾何学」という数学的ツールと結びつき、最終的に「アインシュタイン方程式」へとたどり着くのかをまとめていきます。
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
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- 一般相対論入門 改訂版 : [須藤 靖 (著)]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 I 特殊相対論 : [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著) ]
- 第3版 シュッツ 相対論入門 II 一般相対論: [江里口 良治 (翻訳), 二間瀬 敏史 (翻訳), Bernard Schutz (著)]
- 相対性理論入門講義 (現代物理学入門講義シリーズ 1) [風間 洋一 (著)]
- 基幹講座 物理学 相対論 [田中 貴浩 (著)]
- 時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎[James J. Callahan (著), 樋口 三郎 (翻訳)]
- これならわかる工学部で学ぶ数学 新装版: [千葉 逸人]
- 基幹講座 物理学 相対論: [田中 貴浩]
これまでの相対論ノート一覧
- 相対論ノート#1:空間の曲がりを数学的に表すには
- 相対論ノート#2:特殊相対性理論の二つの原理
- 相対論ノート#3:ローレンツ変換とその導出
- 相対論ノート#4:ミンコフスキー時空
- 相対論ノート#5:固有時間と時間の遅れ
- 相対論ノート#6:双子のパラドックスとローレンツ収縮
- 相対論ノート#7:4元速度と4元運動量
- 相対論ノート#8:保存カレントと保存チャージ
- 相対論ノート#9:エネルギーと運動量テンソル
- 相対論ノート#10:等価原理と一般相対性原理
- 相対論ノート#11:リーマン幾何学の基礎
- 相対論ノート#12:スカラー、ベクトル、テンソルの変換則
- 相対論ノート#13:テンソルの縮約と普遍性
- 相対論ノート#14:計量テンソル
- 相対論ノート#15:測地線とクリストッフェル記号
- 相対論ノート#16:共変微分とリーマン距離率テンソル
- 相対論ノート#17:リッチテンソル、アインシュタインテンソル、そしてアインシュタイン方程式
- 相対論ノート#18:アフィン接続係数と座標変換則
- 相対論ノート#19:等価原理とアフィン接続係数
- 相対論ノート#20:ベクトルの平行移動とテンソルの平行移動
- 相対論ノート#21:共変微分
- 相対論ノート#22:共変微分の性質
- 相対論ノート#23:共変微分の発散
- 相対論ノート#24:リーマン曲率テンソルの定義
- 相対論ノート#25:リーマン曲率テンソルの幾何学的意味
- 相対論ノート#26:リーマン曲率テンソルの対称性
- 相対論ノート#27:リッチテンソルとアインシュタインテンソルの導出
- 相対論ノート#28:アインシュタイン方程式の厳密解:シュワルツシルト解
- 相対論ノート#29:重力レンズ効果
- 【補足】ビアンキ恒等式とアインシュタインテンソル – 第30回
- 【補足】弱い重力場中の粒子の運動 – 第31回
- 【補足】重力による時間の遅れと重力赤方偏移 – 第32回
- 【補足】水星の近日点移動の現象 – 第33回
- 【補足】タキオン – 第34回
- 【補足】重力波 – 第35回
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