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物理の全体像:宇宙のインフレーションと統一理論への課題
前回は、古典物理学の限界から生まれた量子力学と、その核心をなす不確定性原理について見てきました。 このミクロな世界を記述する量子力学は、マクロな宇宙を記述する一般相対性理論と、ある点で大きな矛盾を抱えています。今回の最終回では、この矛盾と、それを解決しようとする現代物理学の最前線についてまとめます。宇宙論の二つの問題
宇宙の誕生と進化を考えるビッグバン理論には、解決すべきいくつかの問題が残されていました。- 地平線問題: 宇宙背景放射の温度を調べると、宇宙の遠く離れた場所でも温度がほぼ均一であることが分かっています。しかし、ビッグバンからの宇宙の膨張速度を考えると、これらの離れた場所は光速を超えて離れているため、互いに熱的な影響を及ぼし合うことができません。したがって、同じ温度になるはずがないという矛盾が生じます。
- 平坦性問題: 現在の宇宙は、空間の曲がりがなく、ほぼ平坦であると考えられています。しかし、宇宙がこの平坦な状態にあるためには、ビッグバン直後の宇宙が、信じられないほど正確に平坦でなければなりません。わずかなずれでも、宇宙は急激に収縮するか、逆に急激に拡散してしまうため、この平坦な状態は偶然では説明がつきませんでした。
インフレーション理論による解決
これらの問題を解決するために提唱されたのが、インフレーション理論です。 この理論では、ビッグバンのごく初期(宇宙誕生から$10^{-34}$秒後)に、宇宙がわずかな時間で細胞1個分ほどの大きさから銀河1個分ほどの大きさにまで、指数関数的に急膨張したと考えられています。この超高速の膨張によって、以下の問題が解決されます。- 地平線問題の解決: インフレーションが起こる前は、宇宙のすべての領域が光速で情報交換できるほど非常に小さかったため、熱的に均一な状態になっていたと考えられます。その後、急激な膨張で遠く離れてしまったために、現在の均一な温度が説明できます。
- 平坦性問題の解決: 急激な膨張によって、宇宙のごくわずかな曲がりも引き伸ばされ、平坦な状態になったと考えられます。これは、風船を膨らませると、その表面のわずかな曲がりも、非常に広い範囲で見れば平らに見えるのと同じ原理です。
物理学の究極の目標:統一理論
これまで見てきたように、物理学は一般相対性理論(マクロな世界と重力)と量子力学(ミクロな世界と3つの力)という二つの大きな柱で成り立っています。 しかし、ブラックホールの特異点やビッグバンの初期のように、両方の理論を同時に適用する必要がある極限的な状況では、これらの理論は互いに矛盾してしまいます。 この矛盾を解決し、宇宙のすべての力を一つの理論で説明しようとする試みが、現代物理学の究極の目標となっています。 この統一理論を完成させるには、量子重力理論を構築する必要があります。超弦理論などがその有力な候補として研究されていますが、まだ完全な形にはなっていません。 この連載を通して、物理学が「なぜ?」という疑問から、私たちの住む宇宙の壮大な姿と、そのまだ見ぬ謎に挑み続けていることが伝われば幸いです。 また知識が整理できたら、もう少し進んだ話も書いていこうと思っています。全記事一覧
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