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物理の全体像:ブラックホールの正体とホーキング放射
前回の連載では、アインシュタイン方程式が物質と時空の曲がりを関連付けていることを見てきました。今回は、その方程式から導かれる最も有名な概念の一つ、ブラックホールについて掘り下げていきます。 光の速さ、秒速30万キロメートル。これは宇宙における物体が到達できる速度の限界です。もしある天体の質量$M$の半径$R$が、特定の限界値よりも小さければ、その天体から光でさえも脱出できなくなります。この限界となる半径がシュヴァルツシルト半径 ($R_s$)です。 $R_s = \frac{2GM}{c^2}$ この式に太陽の質量などを代入して計算すると、太陽がブラックホールになるには、その半径を約3キロメートルまで圧縮する必要があることがわかります。 これは元の半径(約70万キロメートル)の10万分の1以下という、途方もない密度です。このような極限的に高密度の天体では、引力が非常に強くなり、光でさえも脱出できません。この「光を閉じ込める天体」こそが、ブラックホールの正体だと考えられています。 一見、非現実的だと思われていたこのような天体の話は、一般相対性理論の登場によって再び注目されました。アインシュタイン方程式の最初の厳密解の一つであるシュヴァルツシルト解は、まさにブラックホールの性質を記述しており、その存在を理論的に裏付けたのです。ブラックホールの内部と特異点
数学的に見ると、ブラックホールに物質が入っていくと、その中心には特異点(シンギュラリティ)と呼ばれる場所があるとされています。ここでは、密度や圧力が無限大になると予測されていますが、物理学的に無限大という概念は現実的ではないと考えられています。 このため、特異点の存在は、アインシュタインの理論がこの極限的な状況では不完全である可能性を示唆しています。この謎を解明するには、アインシュタインの理論と量子力学を融合させる「量子重力理論」が必要だとされています。ブラックホールは蒸発する?:ホーキング放射
この謎に挑んだ一人が、物理学者スティーブン・ホーキングです。彼は、ブラックホールの周りでミクロの世界の法則である量子力学がどのように働くかを考えました。量子力学では、真空でも量子ゆらぎによって、粒子と反粒子が常に生成・消滅しています。 ホーキングは、ブラックホールの事象の地平線(光が脱出できなくなる境界)付近でこの現象が起こると、一方がブラックホールに引き込まれ、もう一方が外に放出されると考えました。この放出された粒子がホーキング放射と呼ばれるもので、これによりブラックホールはエネルギーを失い、やがて蒸発して消滅する可能性があると提唱しました。 ホーキングのこの理論は非常に革新的ですが、まだ実験的に確かめられてはいません。しかし、ブラックホールの理解を深める上で、重要な一歩となりました。全記事一覧
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