前回は、固体を調和振動子モデルとして扱い、その量子状態の数え上げと、そこからエントロピーや絶対温度という概念を導出しましたね。
今回は、その続きとして、スターリングの近似式を使い、熱平衡状態におけるエネルギー分配がどうなるのかを数学的に見ていきましょう。この考察を通じて、エントロピー増大の法則がミクロな確率論からどのように導かれるのかを見ていきましょう。
2つの物体の接触系
2つの物体AとBが接触している系を考えます。それぞれの物体は多数の調和振動子から構成されており、粒子数はそれぞれ$n_A$と$n_B$で一定です。エネルギー$E_A$と$E_B$は相互作用によって変動しますが、系全体は孤立系とみなせるため、全エネルギー$E=E_A+E_B$は一定に保たれます。
スターリングの近似式
統計力学では、非常に大きな数を扱うため、階乗の計算を簡略化するスターリングの近似式が不可欠です。この式の自然対数を取ることで、以下の実用的な近似式が得られます。
この近似式を用いることで、前回求めた量子状態の総数$W$から、エントロピー$S=k_B \log W$を具体的な形で表すことができます。
平衡状態の条件とエネルギー分配
系が熱平衡に達すると、全体のエントロピー$S_{total}=S_A+S_B$が最大になります。この条件は、エントロピーをエネルギーで微分した値がゼロになることで得られ、熱平衡状態では2つの物体の温度が等しくなることを意味します。
この関係式から、熱平衡状態におけるエネルギーの分配は、1粒子あたりの平均エネルギーが等しくなるという、直感に合った非常に重要な結果が導かれます。
平衡状態における揺らぎ
平衡状態のエネルギーからわずかにずれた状態を考えると、系全体の量子状態の総数$W_{total}$は、エネルギーの揺らぎ$\epsilon$に対してガウス分布の形をしています。
この分布の幅は、粒子数$N$に反比例するため、幅は極めて小さくなります。このことは、最も実現しやすい平衡状態から少しでもずれると、その状態が実現する確率が天文学的に小さくなることを意味します。
エントロピー増大の法則
この考察から、一度平衡状態に達した系は、そこから自発的に大きく離れることが事実上あり得ないことがわかります。
すなわち、系の変化は不可逆であり、孤立系は常にエントロピーが増大する方向へ向かいます。このミクロな確率論に基づいた結論こそが、熱力学のエントロピー増大の法則の根源的な意味を明らかにします。
まとめ
今回は、スターリングの近似式を用いて、熱平衡状態におけるエネルギー分配を数学的に導出しました。また、エントロピー増大の法則がミクロな確率論からいかに必然的に導かれるかを見てきました。
キーワード
熱平衡、スターリングの近似式、エントロピー、エントロピーの最大化、絶対温度、ガウス分布、揺らぎ、不可逆過程、エントロピー増大の法則
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