個人的な古典力学ノート #7:回転のしにくさを表す「慣性モーメント」
前回は、剛体の運動方程式が、並進運動と回転運動に分けて記述できることを学びました。
今回は、そのうちの「回転運動」に焦点を当てて、「慣性モーメント」と「回転の運動エネルギー」という新しい概念についてまとめてみました。慣性モーメントは、回転版の「質量」のようなものです。
慣性モーメントの導出
慣性モーメントは、固定された回転軸の周りを回る剛体の運動方程式を考えることで自然に現れます。この「固定軸」という条件を数式に組み込むために、円柱座標系を使います。
円柱座標では、位置を$ (r, \theta, z) $で表します。$r$は回転軸からの距離、$ \theta $は角度、$z$は軸に沿った位置です。固定軸を$z$軸とすると、剛体の各質点$i$は$z$軸から常に一定の距離$r_i$を保ったまま$ \theta_i $が変化します。
剛体の回転運動方程式は、前回の記事で導出したように、次のように書けましたね。
ここで、$N_{\text{total}}^{\text{ext}}$は外力による全トルク、$\sum L_i$は剛体の全角運動量です。
この式の各ベクトルの$z$成分に注目します。なぜなら、回転が$z$軸周りなので、この$z$成分が回転運動を記述するのに重要になるはずだからです。
角運動量$L$の$z$成分を考えてみます。
$$L_z = (r \times p)_z = (r \times mv)_z$$
円柱座標で考えると、速度$v$は$r\frac{d\theta}{dt}$と$z$方向の速度成分$v_z$に分けることができます。
固定軸周りでは$v_z = 0$なので、速度は$z$軸から垂直な$ \theta $方向の速度のみを考えればよさそうです。その大きさは$ v = r\dot{\theta} $です。($ \dot{\theta} $は$ \frac{d\theta}{dt} $の略記です)
このとき、回転のしにくさを表す「慣性モーメント」の$z$成分は、物体の位置ベクトル$\vec{r}$の大きさ$r$と、運動量$m\vec{v}$の大きさ$mv$を掛け合わせたものになります。
$$ L_z = mrv = mr^2\dot{\theta} $$
これをすべての質点$i$について足し合わせると、剛体全体の角運動量$L_{\text{total}}$の$z$成分は、
$$(L_{\text{total}})_z = \sum_{i=1}^{N} m_i r_i^2 \dot{\theta}_i$$
となります。剛体は変形しないので、すべての質点は同じ角速度$ \dot{\theta} $で回転するはずです。したがって、
$$(L_{\text{total}})_z = \left(\sum_{i=1}^{N} m_i r_i^2\right) \dot{\theta}$$
この式は、剛体の全角運動量の$z$成分が、「ある謎の積分値」と「角速度」の積で表されることを示しています。
この「謎の積分値」$ \sum m_i r_i^2 $は、剛体の形や質量分布によって決まるユニークな量です。そして、この量を「慣性モーメント(I)」と定義します。
$$I = \sum_{i=1}^{N} m_i r_i^2$$
この慣性モーメントは、角運動量と角速度を結びつける、とても重要な量です。質量$m$が直線運動における慣性の大きさを示すように、慣性モーメント$I$は回転運動における慣性の大きさ、つまり回転のしにくさを表しています。
剛体の運動エネルギー
次に、剛体の回転運動が持つエネルギーを考えてみます。
前回、質点の運動エネルギーが$ \frac{1}{2}mv^2 $で表されることを学びました。剛体全体の運動エネルギーは、剛体を構成するすべての質点の運動エネルギーを足し合わせることで求めることができるはずです。
$$K = \sum_{i=1}^{N} \frac{1}{2} m_i v_i^2$$
ここで、固定軸周りを回転している剛体では、各質点の速度$v_i$は$ v_i = r_i \dot{\theta} $となります。これを代入すると、
$$K = \sum_{i=1}^{N} \frac{1}{2} m_i (r_i \dot{\theta})^2 = \frac{1}{2} \sum_{i=1}^{N} m_i r_i^2 (\dot{\theta})^2$$
この式に、先ほど定義した慣性モーメント$I = \sum m_i r_i^2$を代入すると、剛体全体の運動エネルギーは次のようにシンプルに表現できることが分かります。
$$K = \frac{1}{2} I (\dot{\theta})^2$$
この式は、質点の運動エネルギーの式$ K = \frac{1}{2}mv^2 $と非常によく似ています。直線運動における「質量$m$」が、回転運動における「慣性モーメント$I$」に対応し、「速度$v$」が「角速度$ \dot{\theta} $」に対応していることが分かります。
この議論は、質点が離散的に集まっている場合の話でしたが、連続的な物体である剛体の場合も、離散的な和$ \sum $を連続的な積分$ \int $に置き換えることで、同様に扱うことができます。
まとめ
今回は、剛体の回転運動を記述する上で欠かせない「慣性モーメント」についてまとめてみました。
剛体を質点の集まりと見なすことで、運動方程式から慣性モーメントが導出され、その結果、運動エネルギーの式も、質点の場合とよく似た形にまとまることが分かって、とても興味深いです。
これで、古典力学の入門的なシリーズは一通り終了になります。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。
古典力学ノート シリーズ一覧
- 古典力学ノート #1:ニュートン力学の基本原理とエネルギーの概念について
- 古典力学ノート #2:運動量と力積、そして運動量保存則について
- 古典力学ノート #3:回転の勢いを表す「角運動量」について
- 古典力学ノート #4:見かけの力「慣性力」について
- 古典力学ノート #5:回転系に現れる「遠心力」と「コリオリ力」
- 古典力学ノート #6:理想の物体「剛体」の運動方程式
- 古典力学ノート #7:回転のしにくさを表す「慣性モーメント」
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