統計力学から導く理想気体の状態方程式
これまでの記事では、統計力学の基本原理や、簡単なモデル系での物理量の計算方法を学んできました。
今回は、高校物理でもおなじみの「理想気体の状態方程式」を、ミクロな粒子の振る舞いから理論的に導出するという、統計力学の醍醐味とも言えるテーマについてまとめます。
統計力学の偉大な点は、実験に基づいていた熱力学の法則を、ミクロな理論から導き出せることにあります。今回の導出は、その強力な証拠の一つになると感じていただけるのではないでしょうか。
理想気体のエネルギーと状態数
まず、箱の中に閉じ込められた$N$個の相互作用しない粒子からなる理想気体を考えます。
前回学んだように、量子力学の世界では、粒子のエネルギーは離散的な値を取り、1つの粒子が取りうるエネルギー$\epsilon$は、箱の形や大きさに応じて決まります。
この系全体のエネルギー$E$は、すべての粒子のエネルギーの総和として定義されます。
$$E = \sum_{i=1}^{N} \epsilon_i$$
この系の全エネルギーが$E$であるとき、その系が取りうる状態数$W(E, V, N)$を求めることが最初のステップになります。ここで、$V$は箱の体積、$N$は粒子数です。
この状態数を数える問題は、実は幾何学的な問題に帰着します。粒子の運動量空間を考えると、全エネルギー$E$を持つ状態は、ある半径を持つ$3N$次元空間における「球の表面」上に分布していると考えることができます。その状態数$W$は、この球の体積$V_{3N}(R)$にほぼ比例します。
$$W(E, V, N) \approx C \cdot V_{3N}(R)$$
ここで、$C$は定数、$R$はエネルギー$E$に対応する半径です。
量子力学による状態数の補正
ここには重要な注意点があります。古典論的に粒子を区別して状態を数えると、量子論的な観点から見て過剰にカウントしてしまうのです。なぜなら、量子力学では「同種粒子は区別できない」という原理があるからです。
このため、数えた状態数を、粒子を区別しない場合の正しい状態数に補正する必要があります。これは、状態数を$N!$で割ることで行えます。(高校で習う場合の数の考え方ですね)
$$W_{\text{corrected}} = \frac{W_{\text{classical}}}{N!}$$
この補正された状態数が、ボルツマンの公式$S = k_B \ln W$に使うべき、正しい状態数となります。
エントロピーと熱力学量の導出
ここからが、統計力学の真骨頂です。私たちは、状態数$W$からエントロピー$S$を計算し、その$S$を使って熱力学的な量を導出することができます。
エントロピーの計算
まず、ボルツマンの公式$S = k_B \ln W$に、先ほどの補正された状態数$W$を代入します。
$$S = k_B \ln \left(\frac{C \cdot V_{3N}(R)}{N!}\right)$$
この対数の中身を分解し、スターリングの公式($\ln N! \approx N \ln N – N$)やガンマ関数を用いた数学的なテクニックを駆使して計算を進めると、最終的にエントロピー$S$は次のような形にまとまります(機会があれば計算の詳細について記事を書きます)
$$S(E, V, N) = N k_B \left[ \frac{3}{2}\ln E + \ln V – \ln N – \frac{3}{2}\ln N + \text{const} \right]$$
これは、サックル=テトローデの式として知られています。
内部エネルギーの導出
次に、このエントロピーの式から、熱力学の重要な物理量である「温度」との関係を導きます。熱力学では、温度の逆数$1/T$が、エントロピー$S$を内部エネルギー$E$で偏微分したものとして定義されました。
$$\frac{1}{T} = \left(\frac{\partial S}{\partial E}\right)_{V, N}$$
先ほどの$S$の式を$E$で偏微分してみましょう。
$$\frac{\partial S}{\partial E} = \frac{\partial}{\partial E} \left( N k_B \left[ \frac{3}{2}\ln E + \ln V – \ln N – \frac{3}{2}\ln N + \text{const} \right] \right)$$
$$= N k_B \frac{3}{2E}$$
したがって、次の関係が導出されます。
$$\frac{1}{T} = \frac{3N k_B}{2E}$$
この式を$E$について整理すると、見慣れた理想気体の内部エネルギーの式が得られます。
$$E = \frac{3}{2}N k_B T$$
ここで、$N k_B = nR$($n$はモル数、$R$は気体定数)なので、
$$E = \frac{3}{2}nRT$$
となります。これは、高校物理で習った式そのものです!初めて勉強したときは統計力学の原理から、この式が導出できることに感動を覚えました。
状態方程式の導出
最後に、もう一つの重要な熱力学量、圧力$P$との関係を導きます。熱力学では、圧力$P$が、温度$T$にエントロピー$S$を体積$V$で偏微分したものを掛けたものとして定義されます。
$$\frac{P}{T} = \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_{E, N}$$
先ほどの$S$の式を$V$で偏微分してみましょう。
$$\frac{\partial S}{\partial V} = \frac{\partial}{\partial V} \left( N k_B \left[ \frac{3}{2}\ln E + \ln V – \ln N – \frac{3}{2}\ln N + \text{const} \right] \right)$$
$$= N k_B \frac{1}{V}$$
したがって、次の関係が導出されます。
$$\frac{P}{T} = \frac{N k_B}{V}$$
この式を整理すると、理想気体の状態方程式が得られます。
$$PV = N k_B T$$
これもまた、高校物理でおなじみの式ですね。(ボルツマン定数 $k_{B} [J/K]$ は、気体定数 $R [(J・K)/mol] $をアボガドロ定数$ N_{A}[1/mol] $で割ったものなので、$k_{B}$を置き換えるとより馴染み深いかもしれません)
まとめ
今回の講義では、統計力学の基本原理と、量子力学的な粒子の振る舞いから出発して、理想気体の内部エネルギーと状態方程式という、マクロな熱力学量を導出しました。
この導出は、ミクロな世界の法則(量子力学)と、マクロな世界の法則(熱力学)が、統計力学という学問によって見事に結びついていることを示していると思います。
実験で確かめられてきた熱力学の法則が、理論的に裏付けられるという点で、統計力学は物理学における非常に重要な地位を占めていることを改めて実感しました。
統計力学ノート シリーズ一覧
参考文献
記事を書くときに、部分的に参照したので載せておきます。たぶん定番です。
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