熱力学のノート:熱、仕事、温度、そして永久機関
今回は、熱力学の基本的な概念である「熱」「仕事」「温度」について確認し、「永久機関」についても標準的な方法で実現可能性を考えていきます。熱・仕事・温度の定義と熱力学第一法則
熱と仕事:エネルギーの移動形態
物理学において、熱も仕事も、本質的にはエネルギーの移動形態を表すものです。 熱は温度差によって自発的に移動するエネルギーの形であり、仕事は力学的・電気的な力によってなされるエネルギーの移動を指します。熱力学では、この二つの移動形態によって、系のエネルギーがどのように変化するかを考えます。熱力学第一法則
熱力学の根幹をなす熱力学第一法則は、エネルギー保存の法則を熱力学系に適用したものです。 これは、系の内部エネルギー ($U$)の変化が、外部から受け取る熱 ($Q$)と、外部から加えられる仕事 ($W$)によって決まる、と述べています。式で表すと以下のようになります。$\Delta U = Q_{in} + W_{in}$
ただし、慣習的に仕事は「系が外部に行う仕事」 ($W_{out}$) で表現されることが多いため、その場合は符号が逆転し、以下のようになります。$\Delta U = Q_{in} – W_{out}$
この法則から分かることは、熱と仕事は次元が同じ(どちらもエネルギーの単位を持つ)であり、内部エネルギーという状態量(経路によらず、始点と終点の状態だけで決まる量)の変化は、熱と仕事の合計によって決まるということです。 熱と仕事は、経路によって値が変わる非状態量であるため、微小な変化で表す際には$d’$という記号を用いて区別することがあります。$dU = d’Q + d’W$
このような見方をすれば、熱力学第一法則は「熱の定義式」と見なすこともできます。つまり、熱とは、力学的な仕事以外の方法でやり取りされるエネルギーの移動をまとめて指している、と解釈できるのです。温度とは何か
温度とは、熱を流す能力の尺度です。 熱は高い温度から低い温度へと流れるため、温度差が熱の移動を促す最も重要な要素となります。しかし、熱の移動に必ずしも温度差が必要なわけではありません。 例えば、水が沸騰して水蒸気になるような相転移の際には、熱を加えても温度は一定に保たれます。温度差がなくても熱は移動するのです。しかし、逆に温度差がある場合には、必ず熱を流す能力がある、ということが熱力学の重要なポイントです。永久機関の不可能性と熱力学第二法則
永久機関の種類
永久機関とは、外部からエネルギーを供給することなく、永久に仕事をし続ける架空の装置です。永久機関には二つの種類があります。- 第一種永久機関:外部から何もエネルギーを受け取ることなく、無からエネルギーを生み出して仕事をし続ける機関。これは熱力学第一法則(エネルギー保存の法則)に矛盾するため、実現不可能です。
- 第二種永久機関:外部から熱を受け取り、その熱をすべて仕事に変えることで、熱効率100%を達成する機関。これは第一法則には矛盾しません。熱力学で重要なのは、こちらの第二種永久機関の方ですね。
熱効率の最大値は?
熱機関の熱効率 ($\eta$)は、受け取った熱量 ($Q_h$) のうち、どれだけを仕事 ($W$) に変換できたかを示す比率です。 サイクルを回す熱機関では、内部エネルギーの変化がゼロになるため、熱力学第一法則は $Q_{in} – W_{out} = 0$となり、受け取った熱 $Q_h$ と放出した熱 $Q_l$ を使って、仕事 $W$ は $W = Q_h – Q_l$ と書けます。これにより、熱効率は以下のように求められます。$\eta = \frac{W}{Q_h} = \frac{Q_h – Q_l}{Q_h} = 1 – \frac{Q_l}{Q_h}$
もし熱効率が1を超える機関があれば、それは無からエネルギーを生み出していることになり、第一種永久機関と同じく実現不可能です。では、その最大値はどこまでなのでしょうか?可逆機関の熱効率が最大であることの証明(背理法)
熱効率が最大となるのは、可逆サイクル(逆向きに動かせる理想的なサイクル)であるということが、熱力学第二法則から導かれます。これを背理法で証明します。- 仮定: 可逆機関の熱効率 ($\eta_R$) よりも、効率の良い機関 X が存在すると仮定します。つまり$\eta_X > \eta_R$です。
- 機関Xが、高温熱源 ($T_h$) から熱 $Q_h$を受け取り、仕事 $W$ をして、低温熱源 ($T_l$) に熱 $Q_l$ を放出するとします。熱効率は $\eta_X = W/Q_h$ です。
- 可逆機関を考え、これに機関Xと同じ仕事 $W$ をさせます。この可逆機関が受け取る熱を $Q_h’$、放出する熱を $Q_l’$ とします。熱効率は $\eta_R = W/Q_h’$ です。
- 仮定 $\eta_X > \eta_R$ に、それぞれの熱効率の式を代入します。 $\frac{W}{Q_h} > \frac{W}{Q_h’}$ $W$ は正の値なので、両辺を $W$ で割っても不等号の向きは変わりません。 $\frac{1}{Q_h} > \frac{1}{Q_h’}$
- この式から、$Q_h < Q_h’$であることが分かります。
- ここで、可逆機関は逆向きに動かせることを利用します。可逆機関を「ヒートポンプ」として動かし、仕事 $W$ を外部から受け取って、低温熱源から熱 $Q_l’$ を受け取り、高温熱源に熱 $Q_h’$ を放出させます。
- 機関X(順方向)と逆向きに動く可逆機関を同時に動かします。両者が行う仕事は互いに打ち消し合い、全体の仕事はゼロになります。
- このとき、全体の熱のやり取りを見てみましょう。
- 高温熱源とのやり取り:機関Xが $Q_h$ を受け取り、可逆機関が $Q_h’$ を放出します。$Q_{h, net} = Q_h – Q_h’$
- 低温熱源とのやり取り:機関Xが $Q_l$ を放出し、可逆機関が $Q_l’$ を受け取ります$Q_{l, net} = Q_l’ – Q_l$
- 熱力学第一法則から、全体のエネルギー収支はゼロです。 $(Q_h – Q_h’) + (Q_l’ – Q_l) = 0$
- $Q_h < Q_h’$ であったため、$(Q_h – Q_h’)$ は負の値です。この式が成り立つためには、$(Q_l’ – Q_l)$ が正の値でなければなりません。つまり、全体として低温熱源から熱を受け取り、高温熱源に熱を放出しているという状況が生まれます。
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